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【断 久坂部羊】医師が去るしかないのか
このニュースのトピックス:第23回正論大賞
先日、知人の外科部長が病院をやめた。理由はいろいろあったようだが、医療裁判に巻き込まれたことが大きな原因だ。
彼は肝臓手術の専門家で、肝臓に転移したがんの新しい治療法に取り組んでいた。医療保険ではまだ認められていないが、徐々に広まりつつある治療法である。
大腸がんが肝臓に転移して、ほかに治療法がなくなった患者に、彼はこの治療を勧めた。転移の数が多いので、死亡率は20%くらいと説明したが、このまま死を待つよりはと、患者もその妻も治療を望んだ。ところが不幸にして経過が悪く、患者は亡くなった。
そこに娘が出てきて、そんな危険な治療とは聞いていなかった、父親を新治療の実験台にしたと言い出し、訴訟になったという。
危険な治療であることは本人と妻には十分説明していたが、妻によれば、娘には「かわいそうなので、知らせなかった」らしい。
そこで娘を説得してくれればよかったのだが、悲しみに暮れる母親にその力はなかった。
家族にすれば、ほかにも許せないことがあったのかもしれない。しかし、知人としては、患者を救いたい一心でやったことである。症状が悪化したあとも、知人は不眠不休の治療をつづけた。なのに娘はわかってくれない。
裁判は結局、医師側の勝訴に終わったが、知人は多大の心労を負わされた。患者によかれと思ってしたことなのに、こんなにも恨まれ、釈明を求められる。そのことに彼は「もう、いやになった」と漏らした。
大切な身内を失った家族の深い悲しみは、何よりも尊重されるべきである。それは当然のこととしても、何とか患者と医療者の敵対する状況は避けられないものか。(作家・医師)