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【断 さかもと未明】習うより…
このニュースのトピックス:第23回正論大賞
子供の習い事に月数万円をかける親御さんが増えたようだ。勉強以外の素養を伸ばしてやれるのだとしたら、それはもちろん良いことに違いない。
でも、お金をかけてただ習わせればいいというものではない。実は、習い事にはいろいろな罠(わな)がひそんでいる。
何より月謝以外のお金と手間がかかる。それを子供とともに楽しめれば、子供も社交の技術が身につき、よい修練になるが、半端な親がつきあいに悲鳴を上げたり、ご祝儀などの風習に不平不満を口にしたり、先生への過剰な付け届けをしたりすれば、親のお里が子供に知れ、その悪影響のほうがはるかに大きい。
子供に才能がないのに親の期待が大きいのは哀れだし、子供に才能があったとしても、親に指導の才覚がなければ簡単に潰(つぶ)れてしまう。無論、それで潰れるくらいならそれまでかもしれないが、要するに半端な気持ちと金銭ではじめる習い事は、なかなか危険なものなのだ。
私は小さいころ、習いたかったものは経済的余裕がないことを理由に習わせてもらえなかった。でもその経験から私は、望む道をすすむためには経済的な裏付けと計画性がなくてはならないことを学んだ。表現への飢えも私を育てたのだと、いまになって思う。
素養としての習い事を否定するつもりはないが、親が子供にお金を使うことで安心したいだけならやめたがいい。中途半端な習い事なら、その月謝を節約することで生まれた時間を、子供とともに過ごし、将来その子が世間に出たとき、身を守ってくれるような振る舞いや口の聞き方、美しい字の書き方などを教えたほうがずっといいように思うのだ。(漫画家)