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【やばいぞ日本】第5部 再生への処方箋(11)受精卵に娘の顔が重なった

2007.12.15 03:54
このニュースのトピックス人工多能性幹細胞(iPS細胞)

 すさまじい国際競争が展開される中で、まずは日本の勝利だった。夢の再生医療を実現に近づけるヒトのiPS(人工多能性幹)細胞の作成に山中伸弥京都大学再生医科学研究所教授(45)が成功した。

 厳しい倫理的制約を逆手にとって、いち早く日本独自の発想で隘路(あいろ)を抜け出した。少数精鋭の態勢の中で、的確な洞察力を頼りに研究を進めるという不退転の努力が功を奏した。

 iPS細胞は皮膚などの体細胞に、リセットの作用がある遺伝子を導入して受精卵に近い細胞にもどす。

 現在、万能細胞としてよく研究されているES(胚(はい)性幹)細胞は、生命の萌芽(ほうが)とされる受精卵を壊して取り出す。このため、倫理的な問題が避けられず、別の方法での万能細胞の作成が待たれていた。

 山中教授が再生医療研究に挑むきっかけは、整形外科医時代に、リウマチなどの難病患者を診察し、「神経細胞などの再生医療の必要性を痛感した」ことだった。

 iPS細胞に直接結びつく発想は、研究室で顕微鏡をのぞき、受精卵を観察しているときに芽生えた。

 「ちょうど娘が生まれたときで、その顔と受精卵細胞の姿がダブってきました。受精卵もかわいい子供に育つはず。これを壊さないですむ方法はないか、と真剣に考えるようになりました」と振り返る。受精卵を使わない万能細胞を開発することへの情熱がわいてきたという。

 山中教授が強い動機に支えられて研究を重ねた京大再生研は、ヒトES細胞を国内で唯一培養し、配布する再生医療の拠点である。研究環境には恵まれたが、国の指針でヒトES細胞について厳しい審査があった。ヒト細胞を慎重に扱うのは当然とはいえ、ひとつの研究テーマに対し研究計画などの分厚い報告書を提出し、大学の倫理委員会と国のダブルチェックを受けるというシステムは研究の着手を遅らせた。

 「日本の研究は優れているが動物実験ばかり」との評価が出るほどだった。

 この中で山中教授はマウスの実験から得たデータをもとに、確実にヒトに応用できるものに絞り込んだ。幸い、これまでの常識と異なり、マウスとヒトの間に大きな違いがなく予想外に早く成功した。

 世界中から研究者と最新情報が集まる米国の研究所に拠点を持ったことも効果的だった。「米国内でヒトiPS細胞ができそうだ」と日本では得られない情報が舞い込み、論文作成を急ぐことができた。

 結果的には、その後の臨床応用という面でもかなり優位に立てた。たとえば山中教授のiPS細胞は成人の細胞から作成することができ、多くの患者に使える可能性があるが、米国は新生児の細胞からでしかできていない。

 米国はこれまでブッシュ政権がES細胞の研究に反対していたこともあり、倫理的問題がないiPS細胞には賛意を示している。膨大な資金と物量で圧倒するであろう米国に対し、日本は「オールジャパン」態勢で臨むしかない、と山中教授は強調する。だが、人材、資金、制度の制約をバネに新たな発想でリードするには限界がある。

 日本の科学技術政策も大きな転換点を迎えざるを得ない。

                   ◇

 ■オールジャパンで主導権を

 失った手足や病んだ臓器を細胞の増殖・分化により再生させる。再生医療が実現すれば、たとえば臓器移植でドナー(提供者)を待たずに手術でき、患者本人の細胞が使えれば拒絶反応もない。難病に苦しむ患者にとっては、大きな福音だ。医療産業にとっても多大な利益が予測される。

 しかし、再生医療は複雑な生命のシステムである細胞を扱うだけに、臨床応用までにいくつかのハードルがある。

 万能細胞を作成する際の倫理的、技術的な問題。臨床応用したときに、がん化するなど予想外の働きをしないかなどの問題だ。

 再生医療の有力な材料であるES(胚(はい)性幹)細胞は、受精卵を壊すことのほか、卵子の提供が母体に負担となるなど倫理的、医学的な問題の解決が迫られている。

 体細胞からクローン細胞をつくり、その細胞からES細胞を取り出す方法があるが、高度な技術が必要だ。クローンES細胞は動物実験では得られたものの、ヒトではできていない。この方法については、韓国のソウル大学の捏造(ねつぞう)事件が研究の進展に大きく影響した。

 山中教授が作成したヒトのiPS(人工多能性幹)細胞は、皮膚などの体細胞にリセット用の遺伝子を導入する方法なので倫理問題を回避できる。そのうえ、神経、心臓の筋肉、膵臓(すいぞう)などの10種類の細胞に分化できる能力も備えていることが実験でわかっている。新薬の効果や副作用を確かめる細胞としても有用だ。

 最初の発表では、作成に使った4種類の遺伝子にがん遺伝子が含まれていることが指摘されたが、すでにがん遺伝子を除き3種類の遺伝子セットでできるというデータを持っており、10日後に追加発表するという手回しのよさだった。

 これは、さらに数少ない遺伝子の導入でiPS細胞をつくることができるという科学的に重要な発見でもある。

 ライバルの米ウィスコンシン大のグループは、一足遅れてiPS細胞をつくったが、それは4種類の遺伝子を使っているとはいえ、一部は別の遺伝子だった。つまり、別の遺伝子セットも考えられることになり、日本は一歩リードしているものの油断はならない。

 山中教授は「別の遺伝子セットが有効で、そちらの方が臨床に役立つとわかれば、すぐに方向を切り替える」といさぎよい。それだけ、最終ゴールが勝敗を決めるということでもある。

 このような1日を争う競争の中で、今後、日本はリードし続けられるのだろうか。結果を早く出して特許を取得することなどは、その後の研究の進展や、産業化にも影響が出てくる。

 文部科学省は、異例の早さで対応し、科学技術審議会などで、緊急の支援策を練るとともに、再生医療研究の倫理面でのルール作りの見直しを始めた。

 1990年代に日本が全ヒトゲノム解読を先に提唱しながら、最終的に米国に主導権を取られた例もある。今後、世界に向けてプレゼンスを示す成果を期待したい。(坂口至徳)

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