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【わたしの失敗】数学者・藤原正彦さん(64)(3)
■出産直後の妻に「女産めよ」
「生涯の伴侶(はんりょ)として君を選んだことも失敗のひとつだね」
「あら、いまの言葉そのままあなたにお返しします」
妻、美子との軽妙洒脱(しゃだつ)な会話は、夫婦(めおと)漫才のようだ。
ふたりが出会ったのは30年ほど前。当時、藤原はお茶の水女子大理学部助教授、美子は同じ大学の大学院生で心理学を専攻していた。学内での接点はなかった。
美子いわく、ある日の大学の帰り道、連れの友人が突然、振り向いて言った。「あっ、藤原先生だ」。長髪にジーパン姿の薄汚い男を見て、「この人が一風変わったと評判の数学者かと。びっくりしました」。第一印象は必ずしも良くなかったようだ。
正反対に、藤原いわく「ひと目ぼれでした」。当時、恋い焦がれていた歌手、奈良光枝に似た美貌(びぼう)、にじみ出る品の良さ。「結婚したい女性ができた」。翌日、両親に宣言したほどだ。
1年後に結婚。まもなく長男が生まれ、幸せは欲をさらに膨らませた。
二人目は女の子。そう決め込んだ。目に入れても痛くないほどのかわいさも想像できる。娘の名前は「あや」。一男一女家族4人であれもしたいこれもしたい…。
待ちに待った出産当日。いまのように誕生前に性別は分からない。待ちきれず出産に立ち会った。やがて元気な産声が響き渡った。「おめでとうございます。元気な男の子ですよ」
「一瞬、頭が真っ白になって…。分娩(ぶんべん)台で出産を終えたばかりの妻に『おい、3人目は女の子を産めよ』と声を荒らげてしまって」
思いやりのかけらもない。助産師らがあぜんとする中で、なんと藤原自身が倒れてしまった。
「あまりの落胆で貧血を起こしてしまって」分娩予備室で、産後の美子とともにベッドに横たわるはめに。悲しいやら情けないやら…。
「女房からは『ひどい人』と今でもいわれます」。そうでしょう。「でもショックでね」などと言い訳しつつ「結局、3人目も男だったから4人目に向かうのが筋だったのでしょうね」とも。反省の色がまったく感じられない夫は、妻を苦笑させるのだった。=敬称略(中島幸恵)

