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【わたしの失敗】数学者・藤原正彦さん(64)(1)
■「品格」看板が重圧
「もう、ベストセラーは二度と書くまいと思ってます」
そう言って笑いを誘った。平成17年11月に上梓(じょうし)した『国家の品格』は、現在260万部を突破、息の長いベストセラーとなっている。
著書で、欧米の論理に依拠するのではなく、日本人特有のもののあわれや、武士道精神といった伝統に根ざした情緒を持つ、品格ある国家を目指すべきだと説いた。
一般的に「国家論」は、そう広く読まれるものではない。当の本人も、「せいぜい5万部いけばいいかな、ぐらいだった」し、出版元の新潮社編集部でも、「うまくいって10万部」と見積もっていた。
それが発売2カ月余で67万部の快進撃。同時に、「品格」という言葉の響きが広く受け入れられ、他の本のタイトルやテレビなどにも頻繁に登場。18年の流行語大賞を受賞し、社会現象にもなっている。
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そうして「品格」が、ひとり歩きを始めると、「藤原正彦は日本一、品格のある男」、そんなイメージがつきまとうようになる。
街を歩けば、連れ立った女性たちから「ほら、あのセンセよ、品格とかいうの書いた」などと、騒がれるありさま。
「いやぁ、本人が一番戸惑いましたよ。悪いことは何もできなくなってしまったわけですから…。女性とふたりで食事とかね。『国家の品格の著者の品格を問う』なんて、週刊誌にスキャンダラスに書き立てられぬよう、生活全般に注意を払ってますよ。おかげで日本一、清らかな人間になりましたけど」
自宅には、連日昼夜を問わず、テレビ番組の出演依頼が殺到。でも「メディアに露出するのは性分じゃない」。すべて丁重に断るのが妻、美子の日課となった。
「以前のように、落ち着いて執筆できなくなってしまったのも思いもよらない痛手」とか。
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タイトルが秀逸だったとも言われるが、そもそも「品格」で本を出すつもりはなかったという。
「どうもうさんくさいというか…。自分に品格が備わっていないからかもしれません」。そんなことをさらっと話すが、新田次郎を父に、藤原ていを母に持つ元来の品の良さは隠せない。むしろ、居心地の悪さは世間の目線の変化によるものだろう。
数学者、藤原正彦の名前を世に広く知らしめたのは、昭和52年に出版された『若き数学者のアメリカ』だった。これをきっかけにユーモアあふれるエッセーの名手としてその名をとどろかせている。
だが、「品格」がブームになった途端、新聞や雑誌の執筆依頼は「論説」ばかりに。「『論客』と判を押されたのは心外です。私の真骨頂は情緒的なものの見方」と力を込める。
ただし、「ベストセラーで大いに助かったこともあるんですよ」とニヤッとする。取材場所となった閑静な住宅街に建つ瀟洒(しょうしゃ)なマンションは、仕事場として2年ほど前に購入したものの、多額のローンを背負った。英国のバッキンガム宮殿をもじって「借金ガム宮殿」と、家族から冷やかされていたという。
「そのローンが本の印税のおかげで一括返済できましたから。でも、『品格』なんて言葉、使わなきゃ良かったなぁ」=敬称略
文 中島幸恵

