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【わたしの失敗】児童文学作家 那須正幹さん(65)(3)
■真冬の瀬戸内海にダイブ
阪神大震災が起きた平成7年(1月17日発生)のことである。3月に高槻市(大阪府)で講演を頼まれていた。
「カレンダーには講演の当日にマルしとったものだから、その日の昼にでも自宅を出て電車に乗ればええつもりになっておったのですね」
ところが、講演はその日の午前中に行われるため、那須は前日の夜までに高槻に着いてホテルに泊まっていなければならなかったのである。
夜、自宅の電話が鳴った。主催者からで「いまどこですゆうから、まだ家ですと答えると、えっ? といって」思い違いを指摘された。
大あわてで支度をして(山口県防府市の)家を飛び出し、新幹線で姫路までいく。在来線、バスを乗り継いで、当時は被災後の復興のただ中にあるガレキだらけの三宮を通って大阪からまた電車に乗り、ようやく高槻に着いたときは既に午前零時を回っていた。
結果的には間に合ったわけで、さらに「真夜中の災害地を目撃できたのは」、直後に著したシリーズ第37巻『ズッコケ脅威の大震災』の執筆に大いに役立ったという。
◇
失敗しても、それを失敗とは思わず、自らの糧(かて)と成してしまう性格らしい。それでも、これこそは救いようのない、本当の失敗だったという経験はないのだろうか?
「飲み屋の階段を転がり落ちたことがあったかなあ」と思いだした。
3年ほど前、山口市内でのことである。酔って足下がふらついて「急な階段を、前につんのめるような格好で落ちたが、一緒に飲んでいた人がたまたま真下にいて、無事に受け止めてもらいました」といって笑う。
「わりとよく落ちるんですよ。舟からも落ちたしね」と失敗談が続く。
こちらは2年ほど前、真冬の瀬戸内海だった。海釣りに出て「いかりが緩んだから、海を背にして腰掛けてロープを引っ張ったら、後ろにあると思っていた鉄のパイプがなく」背中から見事にダイビングしたのだった。
すぐに救助されて事なきを得たが、マイカーで帰宅したとき、車内がずぶぬれで、「かみさんに心配してもらえるどころか、ぶーぶー文句ばかりいわれた」のには、さすがにへこんだとか。=敬称略(文・宝田茂樹)

