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黒川紀章さん追悼 建築家・磯崎新 日本初のメディア型建築家 (1/3ページ)
このニュースのトピックス:東京都政
黒川紀章の栄誉や業績はすでにメディアに報道されているので、ここでは私の個人的な想(おも)いだけについて語りたい。
半世紀昔、私たちは丹下健三チームのスタッフとして東京を湾上に伸展させる構想作りに従事した。これは20世紀最後のユートピア計画であった。もちろん東京はびくともしない。私たちは挫折覚悟でプロジェクトをつくる意義を学んだ。
あのころ、岡本太郎と丹下健三が近代芸術におけるアバンギャルドを体現していた。私たちは彼らの手伝いをし、影響を受けた。エポックメーキングだったと称された大阪万博に参加した。近代のユートピアがここで具現化したのだった。ユートピアを目指すアバンギャルドが、それ故に役割をおえた。歴史の皮肉である。
建築家として自立する時期にあった私たちは、あらためて態度選択を迫られた。私は建築を建築として思考する道を選んだ。建築を批判的にデザインする。一方、黒川紀章はメディアの中で行動する道を選んだ。社会、政治・経済など、建築を外側から決める枠と組みあうことになる。その面倒な役割を身軽にこなした。
私たちは同世代のライバルだといわれたりしたが、そうは思っていない。広義の建築家の社会的使命を、棲(す)み分け、分担していたのだ。だから、私は黒川紀章が逝ったことにより、ほかの誰もが埋める見込みのない大きい空洞が生じたのを感じている。
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