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【古森義久の北京奥運考】スポーツの祭典の政治談議 (1/2ページ)
このニュースのトピックス:参上!世界のスター
地の果てが見えないといっても誇張でないほど広大なオリンピック選手村の入り口に、真っ赤なジャージーを着た3人の青年が立ち、周囲を見回していた。いずれも180センチを軽く越える長身の黒人だった。そのうちの一人に、どこの国のなんの選手なのかを問うと、「アンゴラのバスケットです」と、かなり流暢(りゆうちよう)な英語の答えが返ってきた。
アンゴラと聞いて、思わず身が引き締まった。はるかアフリカ南西部のこの国で恐怖の体験をしたことがあるからだった。
アンゴラは東西冷戦とからみあった内戦を、冷戦終結から10年以上も後の2002年まで続けた国である。ソ連に支援された共産主義のMPLA(アンゴラ解放人民運動)という勢力が首都に政権を樹立し、米国や南アフリカに援助された反共のUNITA(アンゴラ全面独立民族同盟)がジャングルを拠点に対抗した。後者が辺地から、都市部の前者を攻撃する点などから「逆ベトナム戦争」とも呼ばれた。
この戦争の報道のために私は1988年、UNITAの密林内の本拠に夜間飛行の小型機で着陸し、数日かけて前線まで出かけ、両軍が激しく砲火を交わす光景をみた。いま思いだしてもぞっとするほど危険な取材だった。だが私の訪れた側は2002年にカリスマ独裁者のジョナス・サビンビ議長が殺されて、敗れた。
そうした国のバスケット選手に出会い、気軽に話せるのも、オリンピックだからこそだろう。






