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【114の金物語】(57)競泳・女子100バタ 青木まゆみ
このニュースのトピックス:北京・美女事情
□1972年ミュンヘン大会
■7位から無我夢中で世界新
中3でスカウトされて熊本から大阪のスイミングクラブに単身水泳留学。以降、青木まゆみは“地獄”を耐え抜くことになる。年間365日、早朝5時起床で8時間泳ぐ。発熱しても「水に入れば下がるから」と言われ休めず、練習では毎日のように殴られた。
1972年9月1日午後6時40分、決勝。「プレッシャーを感じたことがない」という19歳は、前半をリラックスして泳いだ。50メートルのターンでは8人中7位。「あかん!」。後半は無我夢中。消耗の激しさから当時は男子にしかできないといわれた2ビート泳法(腕ひとかきの間に2回キック)でごぼう抜きし、1分3秒34の世界新記録をマークした。日本の女子水泳選手ではベルリン大会女子二百メートル平泳ぎの前畑秀子以来、36年ぶりの金メダルだった(共同)。
「365日ぶたれる姿を見て、神様が勝たせてくれた」。丸顔で目が大きく、ざんぎり頭。「金時さん」「金太郎」の愛称で親しまれた金メダリストはその後、保健体育の教諭に。スパルタ教育については「嫌いやし、私にはようできません」−。

