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バルセロナ(上)地中海から発信した「日本」 驚いた岩崎、記憶に残る有森 (1/3ページ)
「冷戦終結後、初の夏季五輪」として歴史に刻まれた祭典は、日が落ちても暑い地中海の風の感触とともに記憶の中にある。1992年のバルセロナ大会は、今ふりかえると、不思議に「日本」の存在を世界に印象づけたオリンピックであったように思う。
バルセロナ市内にあるオリンピック体育館は、ポストモダンの代表的な日本人建築家、磯崎新(あらた)が設計した。これは一例にすぎない。
7月25日夜(現地時間)に行われた開会式で、画家ピカソや建築家ガウディなど幾多の芸術家を輩出したこの街から、際立った日本の芸術性が世界に発信された。
交易都市・バルセロナ発祥の伝説を題材にしたマスゲーム。主題曲「地中海」を作曲し、自らタクトを振ったのは坂本龍一だった。
古代ギリシャ神話の英雄ヘラクレスが大地を割って地中海をつくったという叙事詩をモチーフにした、荘厳かつモダンな曲だった。熱演23分。オリンピック・スタジアムを埋め尽くした6万5000人の観衆を前に、坂本はフィナーレで両手を高々と突き上げた。
日本以外の国でのオリンピック開会式で、これほど「日本」の存在感が発揮されたのは初めてだろう。
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世界を驚かせた出色の日本人金メダリストは、当時14歳になったばかりの女の子だった。競泳の女子200メートル平泳ぎ決勝で、自己最高を大きく上回る五輪新記録を出した中学2年生、岩崎恭子である。
「信じられない。すごいことしちゃった」
身長157センチ、45キロ。おかっぱ頭にくりくりした目の岩崎は表彰台で涙をぬぐった。
本人が驚いたのも無理はない。岩崎は日本選手団の中でも無名といっていい選手だった。日本オリンピック委員会(JOC)が用意した選手プロフィルにも岩崎の資料はなく、われわれ取材班はおおいにあわてたものだ。

















