MSN産経ニュースへようこそ。ここは北京オリンピック特集の記事本文ページです。

ニュース:ソフトボール最新ニュース | ソフトボール一覧 | RSS feed

【北京の28競技】(4)ソフトボール 難病克服、折れない心で代表入り (1/2ページ)

2008.7.3 17:15
このニュースのトピックスソフトボール
2007国際女子ソフトボール・ジャパンカップの日本対アメリカ戦に出場した西山麗=横浜スタジアム 2007国際女子ソフトボール・ジャパンカップの日本対アメリカ戦に出場した西山麗=横浜スタジアム 

 先天性の心臓病を克服し、北京へ臨む選手がいる。ソフトボール日本代表の二塁手、西山麗(日立ソフトウェア)だ。2012年ロンドン五輪でソフトボールは実施競技から外れる。“最後の五輪”で目指すのは、悲願の金メダル。「病気を持つ人に夢や希望を与えたい」と活躍を誓っている。(西尾美穂子)

 生まれてすぐに心臓に異常が見つかった。心臓の弁に不具合がある「大動脈弁狭窄(きょうさく)・閉鎖不全症」。医師に激しい運動を禁止された西山は、友達との駆けっこさえできなかった。ソフトボールには攻守交代があるから…という理由で中学で競技を始めたが、「ホームラン性の当たりでも、ゆっくり走って二塁で止まっていた」という。

 中学2年のとき、弁の移植手術を受けた。7時間にも及ぶ難手術に立ち向かう決意をしたきっかけは、前年のアトランタ五輪にあった。現日本代表監督の斎藤春香が3打席連続本塁打を放つなど活躍する姿が、テレビ画面に映っていた。心が躍った。「五輪に出たい」が夢になった。全力でプレーするために両親を説得し、メスを入れた。

 半年後にグラウンドに戻ると、「競争ができることがうれしい」と練習の虫に変身した。その当時、両親は電話が鳴るたびに「娘に何か起きたのでは」と心配したほどだったが、今ではもちろん全力で走れる。右投げ左打ち。06年の世界選手権で打率・389、07年の世界選手権アジア予選では・571の高打率を残し、日本代表のリードオフマンとして欠かせない存在となった。

 4年前のアテネ五輪は、最終選考で代表から漏れた。でも気持ちは折れなかった。闘病生活という試練の中で「気持ち次第で、状況を変えられることを学んだから」。努力を続け、北京五輪代表入りを果たした。

 ソフトボールで日本は銀と銅メダルを獲得しているが、金メダルはない。「夢を持っていれば必ずかなう。金メダルを取れるように全力でプレーする」。難病を克服した24歳が北京を駆ける。

このニュースの写真

2007国際女子ソフトボール・ジャパンカップの日本対アメリカ戦に出場した西山麗=横浜スタジアム 

関連トピックス

PR
PR
イザ!SANSPO.COMZAKZAKFuji Sankei BusinessiSANKEI EXPRESS
Copyright 2008 The Sankei Shimbun & Sankei Digital
このページ上に表示されるニュースの見出しおよび記事内容、あるいはリンク先の記事内容は MSN およびマイクロソフトの見解を反映するものではありません。
掲載されている記事・写真などコンテンツの無断転載を禁じます。