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ソウル五輪(下)「休戦下の祭典」 「壁」は確かに越えていた (3/3ページ)

2008.7.2 07:58
このニュースのトピックステロ・事件

男子95キロ超級で金メダルを獲得した斉藤仁男子95キロ超級で金メダルを獲得した斉藤仁

 金時さんのような顔を崩しながら、おどけた仕草で親指と人差し指で円を作って言った。

 「これ…」

 「えっ…」と私。

(そうか、報奨金…)

 日本は柔道の7階級全てに選手を送り込んでいた。

 だが、最終日に斎藤が出場するまで1人も決勝に残れず、壊滅状態だった。

 金メダリストのために用意されていた報奨金は、誰も手にしていなかった。

 金時さんは今、仕草でそのことを示したのだろうか。もちろん酒の席だから、真意ではない。でも、ほろ酔い気分の中で、不謹慎にも斎藤の仕草を楽しんでいたことを覚えている。

柔道男子71キロ以下3回戦、時間切れ寸前で投げを打ったが不発、テナーゼ(左)に不覚を取った古賀稔彦柔道男子71キロ以下3回戦、時間切れ寸前で投げを打ったが不発、テナーゼ(左)に不覚を取った古賀稔彦

 その夜、27歳の世界チャンピオンは、マイクを手に「王将」を歌いながら勝利の美酒に酔ったのだった。

 ソウル五輪のテーマは「壁を越えて」だった。テロもなく、16日間の祭典は終わった。その限りに置いて成功だった、といっていい。

 でも、いまだに韓国と北朝鮮が「分断国家」である現実は変わらない。地球上の戦火も絶えない。

 日本はソウル五輪の翌年、「昭和」から「平成」に変わった。パルパル五輪は日本にとって、「昭和時代最後の五輪」という位置づけにもなった。

 変わったものと、変わらないものがある。

閉会式の日本選手団閉会式の日本選手団

 そんな現実の中で、それでも私は思う。20年前の記者村からプレスセンターに向かうシャトルバスの車内の朝の光景を思い浮かべて…。

 (楽しかったなあ。言葉もわからない、肌の色も違う。そんな記者の乗り合いバスだったのに、心は不思議に一つだった)

 あの五輪。壁は、確かに越えていた。=敬称略(現SANKEI EXPRESS編集長 平田篤州)

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体操男子団体は当時大阪・清風高校の西川大輔が大活躍。日本はソ連、東ドイツに次ぎ銅メダルに輝いた
レスリング52キロ級決勝で優勝した佐藤満(左)  
女子スポーツピストルで銀メダルを取った長谷川智子(現姓名・福島実智子)
野茂英雄、古田敦也らを擁し2大会連続の金メダルを狙った野球は米国に屈し銀メダル(ソウル五輪)
男子95キロ超級で金メダルを獲得した斉藤仁
柔道男子71キロ以下3回戦、時間切れ寸前で投げを打ったが不発、テナーゼ(左)に不覚を取った古賀稔彦
陸上女子マラソンで優勝、Vサインでゴールを切るロサ・モタ
女子柔道で銅メダルを獲得した山口香(上)の押さえ込み
閉会式の日本選手団
冷戦を反映してモスクワ五輪はボイコット。男子柔道無差別級の山下泰裕は涙で出場を訴えた=1980年4月21日
板門店内の会議場。中央に38度線が走る(2007年5月)
ボートのエイト競技の予選が行われた会場
金メダルを手に里帰りした斉藤仁
ソウル五輪野球で野茂英雄を擁する日本は2大会連続の金メダルを狙ったが米国に屈して銀メダルに
体操男子「ゆか」で銅メダルを獲得した池谷幸雄
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