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ソウル五輪(下)「休戦下の祭典」 「壁」は確かに越えていた (2/3ページ)
このニュースのトピックス:テロ・事件
取材には、記者村から地下鉄を利用した。長い階段を昇りきって地上に出ると、そこが柔道会場の奨忠体育館である。
いつも思っていた。
(ソウルの地下鉄は、なんでこんなに深いんだろう)
通訳は、言った。
「今は戦時下。北朝鮮の攻撃に備えて、防空壕にも転用できるように深く作っている」
別の機会には、次のような話も聞いた。
「韓国の高速道路には、中央分離帯がない。いざという時に、戦闘機の滑走路として使うからです」
□ □
さて、その柔道。今だから明かせるが、柔道の日本選手団とは、記者の仕事を離れた立場でも接触していた。
外国ブランド店の多いことで知られる商店街に、選手らと出かけたことがあった。
土産物を物色していた小柄な私は、大男の一団の中にあってはまるで目立たない。
ロス五輪の金メダリスト、山下康裕▽ソウル五輪の日本柔道選手団監督、上村春樹▽ロス五輪に続いて、ソウルでも金を獲得して2連覇を果たすことになる斎藤仁…。
彼らの豪快な買いっぷりには度肝をぬかれた。こちらは懐が寂しかったが、それでも一緒にショッピングを楽しんだ。
斎藤が金メダルを獲得したのは、10月1日夜の95キロ超級だった。決勝の相手は、東独のヘンリー・ストール。斎藤は、右ヒザを故障するなど満身創痍だった。しかし、どんどん押しまくり危なげなく優勢勝ちした。
翌日の五輪閉会式のあとだっただろうか。部外者であったのにソウル市内のホテルで行われた柔道日本選手団の打ち上げに加わって、そのまま夜のカラオケになだれ込んだ。
斎藤のそばにすわった。グラスを傾けながら質問した。
「金メダルが決まって、何を思いましたか」

















