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【裁判員制度】「義務と同時に権利獲得」“名付け親”松尾浩也・東大名誉教授 (1/3ページ)
国民が重大犯罪の裁判に参加し、有罪・無罪と量刑を決める「裁判員制度」が今年5月21日、いよいよスタートする。百年に一度といわれる司法改革だが、いつ、どうして決まったのかを知る国民は意外と少ない。そこで制度を理解するうえで欠かせない誕生までの経緯について、「裁判員」という言葉の生みの親でもある松尾浩也東大名誉教授(刑事訴訟法)の話とともにたどってみる。
誕生の経緯は?
「国民の司法参加は、発端から考えて刑事より民事裁判の領域かな、と思っていたのですが…」。松尾さんが話すように、司法制度改革の発端は経済界の要請によるものだった。
規制緩和や国際競争激化を背景に、経済団体が平成6年ごろから法曹人口(弁護士が8割)の増加や民事訴訟の迅速化など利用しやすい司法制度を要求。こうした声にこたえ、自民党「司法制度特別調査会」が10年、政府に「司法制度改革審議会」設置を求めた。
一方、日本弁護士連合会は平成2年以降、「司法改革に関する宣言」などで、国民の司法参加の観点から「陪審や参審制度の導入検討」を提案していた。自民党も法曹人口の大幅増員となれば弁護士会の協力は欠かせず、“バーター”の意味からも陪審・参審制度を審議会の検討課題に入れた−との見方もある。
11年から2年間に及んだ審議会。元裁判官の委員は「こんなに精魂込めて激論を戦わせたのは初めて。精も根も尽き果てた」と振り返る。各界有識者13人で会議63回、公聴会、海外視察などを行った。
その過程で「国民の司法参加が、だんだん刑事裁判の話になってきた。いろいろ問題があることがわかってきたのではないか」と松尾さんはいう。問題とは、判決というゴールではなく、膨大な量の調書を裁判官が読み、判決を下すというプロセス、つまり「調書裁判」の手続きにあった。
そして12年11月の中間報告で国民の司法参加の対象は刑事裁判となり、「特定の国の制度にとらわれず、日本にふさわしい参加形態を検討する」ことに。事件ごとに参加し、有・無罪だけを決める米国流の「陪審制」や、一定の任期を務め量刑も決めるドイツなどの「参審制」が議論されるなか、13年1月のヒアリングに招かれた松尾さんの口から出たのが「裁判員」だった。


