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【防衛汚職 検察冒陳要旨(3)】「盛谷正」「佐浦武昌」ゴルフ接待の新たな偽名 (1/4ページ)
第4 守屋披告の職務権限や宮崎被告との関係など
(1) 守屋被告の職務権限について
守屋被告は平成15年8月1日から平成19年8月31日までの問、防衛事務次官の職にあった。防衛庁長官(平成19年1月9日からは防衛大臣)を助け、庁務(平成19年1月9日からは省務)を整理し、各部局と機関の事務を監督する権限を持ち、各事務などを整理・監督していた。
(2) 守屋被告と宮崎披告との癒着に至る経緯など
宮崎被告は山田洋行入社後から、同社が取り扱う装備品などの営業活動の一環として、防衛庁内局職員や自衛官に対して飲食接待やゴルフ接待を行っていた。
宮崎被告は取締役航空機部長の職にあった昭和60〜61年ごろ、防衛庁関係者の紹介で、当時防衛庁内局に勤務していた守屋被告と知り合い、その評判や言動に接し、防衛庁内における守屋被告の将来性を見込み、「ゆくゆくは山田洋行の取り扱う装備品の納入などに関して、守屋さんから便宜を図ってもらえるようになる」と考え、守屋被告に飲食接待を行うとともに、守屋被告の米国出張時には、秋山被告に指示して1000〜2000米ドル程度の現金を供与するようになった。
その後、宮崎被告は、装備局航空機課長となった守屋被告が次期支援戦闘機搭載用エンジンの選定に関し、山田洋行と競合する大手商社が売り込みを図るエンジンの選定に抵抗してくれたことにより、それまで以上に守屋被告を強く意識するようになった。守屋被告が同課長から長官官房広報課長などと昇進していく間も、飲食接待や現金提供を続けるとともに、守屋被告に対し、ゴルフ接待をするようになって守屋被告との関係を深めていった。
第5 ゴルフ接待による贈収賄の状況など
(1) ゴルフ接待による贈収賄の経緯や趣旨など
A 守屋被告は防衛局防衛政策課長を務めていた平成6年ごろから、本格的にゴルフをするようになったが、なかなか上達しないため宮崎被告に相談した。宮崎被告は守屋被告をゴルフに誘い、宮崎被告の妻とともに、守屋被告とその妻に対し、山田グループ傘下の会社が経営するゴルフ場で日帰りゴルフ接待を行うようになった。
そして、宮崎被告は平成8年以降、自分の妻の代わりにF、I、Jなど当時の山田洋行の従業員や自衛官OBで山田洋行顧問のKらを同行させ、1カ月あたり3〜4回くらいの頻度で、守屋に対し、山田グルーブ傘下のゴルフ場で日帰りゴルフ接待を行うようになった。

