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「母体回帰ストーリー」 光市検察側弁論要旨(9) (2/2ページ)
ところで、人の生育環境は人が行動を起こす際に影響するさまざまな要因のうちの一つではあっても、行動を決定する主たる要因ではないことは、われわれの日常生活の中での行動決定について考えれば明らかである。ところが、臨床心理鑑定書および精神鑑定書は本件犯行を被告人の生育歴からのみ説明しようとするものであり、その姿勢自体が人の行動の分析としては偏ったものであることが明らかである。
▽(2)臨床心理鑑定書・精神鑑定書とも偏った鑑定であること
臨床心理鑑定書、精神鑑定書ともに、捜査段階の供述をことさら無視し、鑑定時の被告人の供述にのみ依拠しているものであり、そのことだけからも鑑定が客観性を欠くものであることは明らかである。
また、鑑定結論に不都合な事実を無視している。臨床心理鑑定書、精神鑑定書とも、被告人の父親による虐待があったとして、被告人の本件犯行について「被虐待的愛着障害」あるいは「父親の理不尽な暴力」に原因があるとする。
両鑑定書が父親による虐待を認定した根拠は主として面接の際の父親から虐待を受けた旨の陳述である。しかし当公判廷において、被告人は以下のような父親の姿についても供述している。すなわち、
(1)息子と家の近所でキャッチボールやバドミントンを楽しむ父親
(2)息子をアスレチックランドに連れて行き、帰り道で一緒に魚釣りに興じる父親
(3)息子に自分の得意とする将棋の手ほどきをする父親
(4)息子と一緒にゲームセンターに行く父親
(5)ぜんそく気味の息子を健康のため、スイミングクラブに通わせ、その行き帰りに近所にもかかわらず送り迎えする父親
−である。
また、被告人は1審および2審でも父親に対して以下のように供述している。「僕のお母さんが死んで再婚するまでの期間は、本当幸せだったんです」「(殴られることも)なくなったわけです。僕の成績が悪いというのも知っていながら、殴ることはなかったです」「僕の親の方が将棋とか、すごく好きだったので、父から教えてもらいました」「お父さんに対するいい思い出は、再婚する前がほとんどなんですが、一緒に釣りに行ったり、一緒にゲームセンターとか行ったり、一緒に将棋とかしてくれたり、いろいろありました」。このような父親の姿に息子に対する愛情が感じられることは多言を要しないところである。
ところが臨床心理鑑定書および精神鑑定書では、被告人と父親との良好な関係については無視されている。臨床心理鑑定書では被告人の言葉として「父には岩国や宮島、下松近辺の釣りなどに一緒に連れて行ってもらっている」との記載があるのみであり、精神鑑定書には「父親は被告人が出生後、長男をかわいがり、海へ連れて行ったりしていた」と記載しているのみで、それ以上言及しておらず、そのほかは専ら父親による虐待を列記しているのみである。
本件において、被告人と父親との関係が重要な意味を持つというのであれば、さまざまな角度から検討するのが当然であるが、臨床心理鑑定書も精神鑑定書も被告人と父親との良好な関係にかかわる点はほとんど記載がなく、分析も全くなされていないのであって、これらの鑑定が客観性を欠くものであることは明らかである。
一方、弁護人の主張するいわゆる母胎回帰ストーリーの根拠は臨床心理鑑定書にいう「母子一体感」、精神鑑定書にいう「実母との性愛的共生」であるところ、両鑑定はいずれも被告人の父親による暴行・虐待を原因として、共通の被害者として被告人とその母親が一体感を持つに至っているとしている。
しかし、両鑑定書が前提とする被告人と父親との関係は上記の通り、ことさら良好な部分を無視し、被告人の供述する粗暴な父親像をそのまま受け入れているものであって、両鑑定書の結論を採用することはできない。
さらに被告人と母親との関係についても、被告人は被害者および被害児あての謝罪の意を記した文書では「僕は長男として生まれ、二男がすぐに生まれたことから母親のぬくもりを知らずに育ちました。何かにつけて、ものごころがついたころより『お兄ちゃんなんだから』と子供のころ甘えさせてもらっておりませんでした」と記載しており、臨床心理鑑定書および精神鑑定書が事実として認めている被告人と母親との関係とは相違している。
ここでも被告人は相手によって事実を変えて説明しているのであり、臨床心理鑑定書および精神鑑定書が面接時の被告人の供述にのみ依拠しているのは、客観性を欠くものといわざるを得ない。
被告人自身の生育歴に関する供述は一貫しておらず、供述の相手によって異なっているのであって、信用性を欠くものである。
被告人が平成9年にポケットに花火を入れられやけどした際の父親の言動につき、1審の被告人質問では、父親が相手に対してすごく怒ってくれ、被告人を病院にも連れて行き優しくしてくれた旨述べていたものであるが、臨床心理鑑定書では「父親は相手を簡単に許してしまった」とされており、精神鑑定書によれば「父親は自分を守ってくれず、ただ仕返しに行けとけしかける」としている。
被告人は当公判廷で、父親から包丁を突き付けられたことが3回あると供述しているが、臨床心理鑑定書では「父親が包丁を持ち出したのは就職をめぐる言い争いにおいてのようだ」と1回だけのことととらえている。また当公判廷では、父親から浴槽で水につけられたことがあるとして苦しかった状況を具体的に供述し、その時期は精神鑑定書によれば、小学校3、4年のころとされており、臨床心理鑑定書では小学校高学年に起こったこととされている。しかし、2審では物心つく前のことで母親や祖母に教えられたと供述し、父親が包丁を持ち出したことを引き合いに出して、父親ならやりかねないと思ったと述べているのであって、自身の記憶にあることとしては述べていない。
以上の通り、被告人はその生育歴に関してもその場その場で供述を変えているのであり、到底信用できるものでないにもかかわらず、臨床心理鑑定書および精神鑑定書がこの点に関しても、面接時の被告人供述にのみ依拠しているのは客観性を欠いている。