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《法廷から》「逃れられない現実」安全運転40年の末の事故
約40年間、無事故・無違反の安全運転を続けてきたが、人身事故を起こしてしまい業務上過失傷害の罪に問われた男性被告(64)の初公判が、東京地裁であった。
検察側の冒頭陳述によると、被告は去年12月、仕事で乗用車を運転中、一時停止をせずに交差点に進入し、左側から来たバイクに衝突。バイクを運転していた男性(64)にけがを負わせた。男性は、今も「胸から下がしびれて動かない」(被害者の娘の供述調書)という状態が続いている。
事故当時は大雨で、被告は交差点に時速15キロ〜20キロの速度で進入。被告人質問で「たまたまその日に限って一時停止をしてなかった」とし、その理由について「考え事をしていたわけではないし、急いでいたわけでもないので分からない」と言葉をしぼり出した。
証言台に立った被告の妻は、被告について「結婚して38年。一切トラブルを起こしたことがない」と力なく述べた。被告は、仕事でも定年まで一つの会社に勤めた。退職後は介護施設でアルバイトをし、公私ともにつつましい生活を送っていた。どこにでもいる団塊世代の1人だった。
焦げ茶色のスーツに身を固め、床を見つめたまま肩を落として妻の証言を聞いた被告の表情には、行き場のない不安と自責の念が浮かんでいた。誰もが思わず「運が悪すぎる…」と、同情してしまいそうな雰囲気だった。
だが、裁判官だけは違った。妻が「会社から『自分たちだけで謝りに行かないでくれ』といわれているので、ここ3カ月は(被害者の病院に)面会に行っていません」と証言すると、「会社が行くなといったら行かないんですか」と一喝。妻は返す言葉を失った。
裁判官は被告にも、「あなた方がやっていることは誠意のかけらもないことなんですよ。そういう前提で判決を下してもいいんですか」と厳しく問いかけた。さらに、「裁判所はあなた方に誠意がないとして判決を下すことはたやすい」とまで言い切った。
しかし、その後、沈黙して今にも崩れ落ちそうな被告に「でも、それではあなた方も浮かばれない。反省していることはよく分かります」と静かに語りかけ、被告の気持ちを酌んだ。
裁判官はさらに続けた。「お金という意味だけではなく、あなた方の心が通ずるかどうかは、やってみないと分からない。面会を拒絶されるかもしれない。それでも、やってみるべきじゃないんですか」
この日の公判は1時間にわたって開かれたが、論告は29日の次回公判へと持ち越された。「短いけど、この間に(被害者に対して)できる限りのことをしてみてください。少しでも被害者やその家族の気持ちが和らげばと思います。そうでなくても、やるだけのことをしなさい」。裁判官は、次回期日まで3週間以上も空けた理由を述べた。
きっと裁判官は、被告らに事故を起こしてしまったという逃れようのない現実を受け入れ、加害者としてのあるべき姿を分かってもらいたかったのだろう。被告の立場でも物を考えなければいけない−。人を裁くという仕事は、われわれが思っている以上に複雑なのだ。(西尾美穂子)