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真の「正義」はどこに 「伝説の鬼検事」田中森一氏インタビュー (1/5ページ)
「特捜のエース」「伝説の鬼検事」。そんな勇名をほしいままにして辣腕(らつわん)をふるい、弁護士に転身後は、詐欺事件で刑事被告人となった田中森一氏(64)。今年6月、激動の半生をつづった「反転 闇社会の守護神と呼ばれて」(幻冬舎)が出版され、一躍ベストセラーとなった。その田中氏が産経新聞のインタビューに応じ、検察捜査の問題点などについて語った。真の「正義」はどこにあるのか。古巣への愛憎をにじませる鋭い物言いは、レクイエム(鎮魂歌)のようにも聞こえる。(酒井孝太郎)
よく他人から、こう聞かれる。「あなたにとって正義とは何ですか」。あるいは「検察の正義とは何ですか」と。
前提を確認しよう。そもそも検察は曖昧(あいまい)なところに位置しており、純然たる司法機関ではない。司法機関であると同時に行政機関でもあるわけ。法務省の一つの組織だからね。
そうすると検察は、司法としての正義だけじゃなくて、行政としての正義も考えなければいかん。いわゆる体制維持だわな。
つまり、「検察の正義」と「検事の正義」が衝突する場合があるということ。体制を揺るがすような事件があり、仮に自分の正義感とは違う方向に展開していけば、現場は苦悩する。良心の呵責(かしやく)との戦いになる。
ワシはできるだけ自分の正義、良心、信念というものを大事にしてきた。だから、やっぱり組織になじまなかった。こういう葛藤(かつとう)が生まれるのは特捜部だからこそだ。
もう少し突っ込んでみようか。よく、特捜部に逮捕された人は「最初に筋書きありき、ストーリーありきだ」と批判するじゃない。そのストーリーが、まさに「検察の正義」なのよ。
本来なら、被疑者は「私が悪うございました。潔く責任を取ります」と頭を下げるものだけれど、最近では大半がそうじゃない。ホリエモン(元ライブドア社長の堀江貴文被告)しかり、(村上ファンドの)村上世彰被告しかり、政治家しかり。昔は少なかったのになあ。
捕まった人たちが単に文句の多い人なんだろうか(笑)。違う、それは検察の正義にどこか問題があるからだと思うのよ。犯罪者のたわ言として片付けちゃいかん。もうちょっと検察は謙虚になるべきや。自分が弁護士や被疑者の立場になって、やっと分かったことだけどな。