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震災企画「あの日があるから」(1)自衛隊員になった少年「命の恩人に憧れて」 (1/2ページ)

2008.1.11 22:04
このニュースのトピックス汚染、公害
震災で救出された経験をもとに自衛隊員になった安藤良平さん。陸士長になったいま、災害救助に尽くすことを誓う=兵庫県伊丹市の陸上自衛隊千僧駐屯地 (撮影・桐山弘太)震災で救出された経験をもとに自衛隊員になった安藤良平さん。陸士長になったいま、災害救助に尽くすことを誓う=兵庫県伊丹市の陸上自衛隊千僧駐屯地 (撮影・桐山弘太)

 「良平! 」「大丈夫か! 」。自分を呼ぶ声が遠くで聞こえ、目を覚ました。なぜ呼ばれたのか、どこにいるのか、何も分からなかった。辺りはただ真っ暗。身動きができなかった。「ここにおるよ! 」。力いっぱい叫んだが、相手に届いたのかどうか。すぐに意識を失った。

 平成7年1月17日午前5時46分。当時、小学3年生だった陸上自衛隊第3特殊武器防護隊所属の安藤良平陸士長(22)=兵庫県伊丹市=は、神戸市兵庫区中道通で被災した。自宅のあった3階建てのマンションは全壊。中道地区は倒壊家屋が多く、犠牲者は70人以上に及んだ。

 3階の一室に家族4人で住んでいた安藤さんは、崩れ落ちたがれきの下敷きになった。けがはなかったが、倒れかかったタンスと壁の隙(すき)間に入り込み、救助されたのは発生から半日以上経った午後6時前。避難所となった近くの小学校で、父親の政弘さん(52)に抱きかかえられていたとき、ようやく意識が戻った。

□  □

 地域住民らが身を寄せ合う真冬の小学校。ビニールシートと木材で校庭に建てられた仮の住まいで約3カ月間、避難生活を送った。その間、相手をしてくれたのは、避難所を毎日訪れる若い自衛隊員だった。

 隊員はときに遊び相手になり、話し相手になってくれた。来るのは昼過ぎの給水時間。生活再建の悩みなどで重苦しい雰囲気の避難所で、隊員は優しく、頼もしい「お兄ちゃん役」だった。

 そんな自衛隊員が「命の恩人」だと知ったのは、約2年後の小学5年生のころ。半日以上も意識が戻らなかった息子を心配してか、震災のことをほとんど語らなかった父が教えてくれた。

 発生直後、政弘さんら3人は外に飛び出したが、安藤さんだけが室内に取り残された。室内は壁が崩れ、天井がゆがみ、タンスが倒れていた。政弘さんは「助かってほしい」と祈るしかなかった。そのとき、駆け付けた隊員が、かすかに聞こえる声を頼りに安藤さんを助け出したという。

 苦しい時に手を差し伸べてくれる頼もしい人−。避難所の優しいお兄ちゃんと命の恩人がひとつに重なったとき、安藤さんは自衛隊員になると誓った。

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震災で救出された経験をもとに自衛隊員になった安藤良平さん。陸士長になったいま、災害救助に尽くすことを誓う=兵庫県伊丹市の陸上自衛隊千僧駐屯地 (撮影・桐山弘太)
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