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【衝撃事件の核心】親、テレビ、誇示、ゲーム感覚、苦境…秋葉原通り魔事件 識者はこう見る(上) (1/5ページ)
東京・秋葉原の無差別殺傷事件で逮捕された加藤智大(ともひろ)容疑者(25)は、犯行動機から事件の契機、いざ事件に向かう“実況中継”まで携帯サイトの掲示板に書き込んでいた。加藤容疑者の行動と心理は特異なものなのか。それとも、暴走する他の若者と同じなのか。また、再び悲劇を発生させない秘策はあるのだろうか。専門家の考え方を2回にわたって掲載する。
「親の背を見ず、テレビを見る世代の弊害。ワイドショーに出て英雄気取りの勘違い犯行だ」
【上智大学の福島章名誉教授(精神医学)】
彼の場合は、インターネットに依存をしたから犯行に及んだわけではなく、孤独で受け止めてくれる人がいなかったから、ネットに依存せざるを得なかったということだろう。
自分の思っていることを何でも書き続けているが、まるで独り言のようだ。歪んだ心境を語っても、誰も軌道修正をしてくれない。誰かに相談できればよかったのだが。
もともとの性格の問題もあって、ネットに逃げ込んでしまったのだろうが、彼は派遣社員だった。相談できる上司もいなければ、同僚もいない。ずいぶんと孤独だったのだろうと思う。
ネットにより攻撃性が高まるかと聞かれれば、この場合はノー。ネットは匿名性が高いから、モラルが下がって、攻撃的な発言が増えるというのはある。たとえば西鉄バスジャック事件を起こした少年は、掲示板のやりとりの中で、次第にあおられて犯行に及んだ。
だが、彼の場合は、ネットでも誰も相手にしてくれなかった。反応のないまま、単なる独り言のように書き込みをしているだけだ。書き込みをしていなかったら、あの犯罪がなかったのかと思えば、それはないだろう。
携帯サイトは彼にとって「はけ口」ではあったが、気持ちをすっきりさせるほどではなかった。
通り魔とは都会でのみ起こりうる「都市的犯罪」だ。名前も分からない人が大勢いて、初めて「無差別の殺人」が成立する。
田舎であれば、みんな知り合いで、殺す方としても対象が誰か分かって殺すわけだから、無差別というのは起こりえない。
ここでいう「都会的」な状況というのは何も地理的なことに限ったわけではなく、最近では会社でも工場でも、極めて都会的な状況が起きている。物理的にはたくさんの人がいるが、精神的にはバラバラ。互いに誰かも知らず、会話もないという状況が往々にして起きている。お互い人間関係が非常に遠くなっている。
こうした都会的な環境のなか、コミュニケーションをとろうと思って、ツールのみが発達したが、ネットにしても携帯電話にしても、実際の距離はかなり遠い。人対人の接触がとぼしくなる。解決にはコミュニティーを再建するなどしかないのが難しいところだ。
彼は自分のロッカーにつなぎがないなどという些細なトラブルを「いじめだ」「解雇する気では」などと被害妄想的に受け止め、自分の人生に絶望した。社会に対する憎しみを募らせて無差別殺人に及んだ。
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