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【寄稿】板橋功・公共政策調査会第一研究室長「テロ防止、国民の意識と協力不可欠」 (4/5ページ)
※表1
(1)在外日本権益における被害
1993年2月のニューヨーク世界貿易センタービル爆破事件、1997年のエジプトの観光地ルクソールでの襲撃テロ事件、2001年9月の米国同時多発テロ事件、2002年10月および2005年10月のインドネシア・バリ島における爆弾テロ事件などにおいて、日本人や日本権益が被害に遭ってきている。
(2)UBLの声明
2003年10月18日に、ウサマ・ビンラーディン(UBL)容疑者により、日本を名指しして報復を示唆する声明が出された。これ以降も、日本を名指ししたUBLの声明がいくつか出されている。
(3)フィリピン航空機内爆弾テロ事件とボジンカ計画
1994年12月11日に、成田に向かって飛行中のフィリピン航空機の機内で爆弾が爆発。那覇空港に緊急着陸し、日本人1人が死亡した。この事件は、1993年2月のニューヨーク世界貿易センタービル爆破事件の犯人でもあるラムジ・ユセフ容疑者の犯行で、液体爆弾が使われたとされており、また米国航空機同時爆破計画(ボジンカ計画)の実験であったとされる。
「ボジンカ計画」は、東南アジアを出発、経由して米国に向かう米国航空機を同時に12機爆破する計画で、1995年1月21日から22日にかけて実行される予定であったとされ、直前に発覚し、計画は阻止された。このうちの4機は日本経由の航空機であったとされ、もしこの計画が実行されていたなら、数千人の日本人がテロの犠牲になっていた可能性がある。
(4)ペルシャ湾におけるタンカー被弾事件
2004年4月24日に、イラク・バスラ沖の石油積み出しターミナルが、小型高速ボート3隻による自爆テロの標的となり、警戒中の多国籍軍艦艇と銃撃戦となる。その際に、バスラ沖に停泊中の日本船籍の大型タンカーが被弾、損傷した。
(5)ハリド・シェイク・モハメド容疑者の供述
アルカーイダの最高幹部の一人で、9・11事件の計画立案をはじめ、数々のテロ事件に関与したとされるハリド・シエイク・モハメド容疑者は逮捕後に、2002年の日韓サッカーワールドカップの際の日本でのテロ計画や日本などの米国大使館の爆破計画など、日本にかかわるテロ計画についての供述を行っている。
(6)リオネル・デュモン容疑者の日本潜伏
2004年5月に、アルカーイダと関係があるとされるフランス人、リオネル・デュモン容疑者が日本に潜伏し、偽造旅券で出入国を繰り返していたことが明らかになった。
(7)給油活動などに対するUBLの発言
9・11後の米国の「テロとの戦い」に支持を表明し、インド洋での給油活動などの協力姿勢を示した日本に対して、UBLが2001年11月ごろに日本権益への攻撃や日本経済の破壊について述べたとされることが、2007年12月に明らかとなった。

