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【法廷イラスト・写真23枚で読む】歌織被告 何を語ったのか (2/4ページ)
このニュースのトピックス:渋谷バラバラ殺人 セレブ妻公判
夫婦は17年9月ごろ、東京都渋谷区富ヶ谷のマンションに引っ越している。歌織被告は引っ越し後の生活について「(祐輔さんの)暴力が、注意深くなった。首を絞めるときも跡が付かないようにしていた」と振り返った。DVがなくなっていたとする検察側に対し、周囲に発覚しないよう気を使っていただけで、あくまでDVは続いていたのだと法廷で訴えた。
「覚えていない」…矛盾には言葉少なく
ところが、検察側や裁判官から“矛盾”を指摘されると、普段ははっきりとした口調で答える歌織被告の声は弱々しくなり、内容もあいまいになることが多い。
例えば、祐輔さんから受けた初めての暴力について。
検察側は、祐輔さんからの暴力から逃れるため17年6月に入ったシェルターでの面談では、歌織被告が「15年9月」と答えていることを指摘。一方、弁護側の被告人質問には、入籍直後の「15年4月」と答えている。この食い違いを追及された。
歌織被告は「(シェルターでどんなことを答えたのか)覚えていない」などと述べ、「シェルターの面談で、なぜ最初の暴行に言及しなかったのか」との問いにも「分からない」とだけ答えた。歌織被告の態度に検察官が「話す相手によって都合のいい話をしていないか」と声を荒らげる場面もあった。
裁判官からは、18年4月ごろに祐輔さんの同僚に離婚の相談をした際、歌織被告が「あの人はどうしようもない人だけれど私がどうにかしてあげたい」などと揺れ動く心境を打ち明けていたとする証言があることを指摘された。しかし、歌織被告はここでも「覚えていない」と答えるのみ。
また、裁判長から「(祐輔さんとの)生活を終わらせたかったのなら自分が家を出ればいい。なぜその選択肢が取れなかったのか」と尋ねられると、歌織被告は言葉に詰まり、首を振って黙り込んだ。























