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当時「決め手」とならず DNA鑑定の証拠能力
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物証の少ない事件などで現在は捜査の「決め手」となることも多いDNA鑑定。しかし、栃木県足利市の園児誘拐殺人事件が起きた平成2年には、まだ完全に確立した手法とはされておらず、事件の公判では検察側と弁護側が鑑定をめぐって本格的に争い、最高裁が証拠能力を認めた初めてのケースとなった。
DNA鑑定は昭和60年に英国で開発された手法で、日本で捜査に導入されたのは同64年。足利事件当時は試行錯誤の時期とされ、精度の限界を指摘し慎重な運用を求める声もあり、上告審で弁護側が「菅家利和受刑者と女児の下着に付いた体液のDNA型が一致しない疑いがある」とする鑑定書も提出した。
足利事件で鑑定に使われたのはDNAの「MCT118型」と呼ばれる部分。関西医大の赤根敦教授(法医学)によると、当時は遺伝子の種類が判明しておらず、初めて日本に導入されたのがMCT118型だけによる鑑定方法で、1000人に1−2人の割合で一致するとされた。
その後、DNA鑑定用に複数の遺伝子が発見され、現在では「15種類の遺伝子で、低くても32兆人に1人の割合」で個人識別が可能となり、技術的に確立された捜査手法となっている。