MSN Japanのニュースサイトへようこそ。ここはニュース記事全文ページです。

ニュース:事件 犯罪・疑惑事故・災害裁判写真RSS feed

【防衛利権の闇(上)】「田村さんは終わった人、守屋さんを捕まえておけばいい」 (2/3ページ)

2007.11.8 21:43
このニュースのトピックス経済事件
 自宅を出る防衛商社「山田洋行」元専務の宮崎元伸容疑者=8日午前11時47分、横浜市青葉区 自宅を出る防衛商社「山田洋行」元専務の宮崎元伸容疑者=8日午前11時47分、横浜市青葉区

 宮崎は昭和13年、福岡県生まれ。高卒で航空自衛隊に入った後、夜間の中央大経済学部を卒業した。退官のきっかけは40年ごろ、大手商社幹部から「うちに入らないか」と誘われたことだった。

 「知人に相談したら、『大手商社だと課長止まりだ。今度新しい商社ができるから、そっちで頑張れば』と助言された。それが山田洋行だった」と宮崎は振り返る。

 助言に従い、44年の設立と同時に山田洋行に入社。防衛・航空機部門の営業責任者となった。機械、電子機器など他の部門は徐々に縮小され、宮崎の言葉通り、営業全般を受け持つことになる。

 51年に取締役、63年に専務へ昇格。この間、防衛庁(当時)や陸海空の自衛隊幹部らのもとに足しげく通って人脈を築く一方、社内では“独裁体制”の構築をひそかに進めた。

 「宮崎さんは入社から15年かけて、自分の障害になる人物を退社させたり、関連会社に左遷した。周りをイエスマンで固め、情報が自分にしか集まらないシステムを作り上げた」と山田洋行関係者は指摘する。

 大手商社から代理権を奪う快進撃で、宮崎の影響力は強まった。平成5年に代表取締役専務に就任。外部も認める「宮崎体制」が築かれた。

 ただ、同社の躍進を支えたのは、きれいごとの営業活動だけではない。

 空自幹部学校長(空将)で退官し、平成元年に参院議員となった田村秀昭(75)=今年7月に不出馬で引退=の存在を抜きにしては語れない、と山田洋行元幹部は言う。

このニュースの写真

山田洋行の元専務、宮崎元伸容疑者
 自宅を出る防衛商社「山田洋行」元専務の宮崎元伸容疑者=8日午前11時47分、横浜市青葉区

関連トピックス

PR
PR

PR

イザ!SANSPO.COMZAKZAKFuji Sankei BusinessiSANKEI EXPRESS
Copyright 2007 The Sankei Shimbun & Sankei Digital
このページ上に表示されるニュースの見出しおよび記事内容、あるいはリンク先の記事内容は MSN およびマイクロソフトの見解を反映するものではありません。
掲載されている記事・写真などコンテンツの無断転載を禁じます。