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【産経抄】10月12日

2007.10.12 03:29
このニュースのトピックス自殺

 江戸時代には、殺人が金で取引される仕組みがあった。池波正太郎は、藤枝梅安シリーズの第1作『おんなごろし』で、こんなふうに説明する。「あいつを殺してほしい」と暗黒街の顔役に依頼してきた人物を「起(おこ)り」といい、その依頼を、「仕掛人」と呼ばれる殺し屋に取り次ぐ顔役が「蔓(つる)」だ。

 ▼もちろんすべて、造語であり、つくりごとである。鍼(はり)医者の梅安は、実の妹まで手にかける非情の男として描かれる。同時に殺す相手が、「この世に生きていてはためにならないやつ」であることを「蔓」が保証していることが、心のよりどころにもなっている。

 ▼時代劇の名手の見事な「仕掛け」によって、梅安のキャラクターの陰影が深まったからこそ、「鬼平犯科帳」「剣客商売」とならぶ人気シリーズになったといえる。もっとも、現実の闇の世界では、こんなややこしい仕組みは不要のようだ。

 ▼掲示板サイトに「合法、違法を問わずどんな仕事でも請け負います。復讐、薬、自殺幇助(ほうじょ)etc…何でも致します」などと書き込んでおけばいい。33歳の電気工は、アクセスしてきた若い女性からの依頼を受け、20万円の報酬を受け取る代わりに、睡眠導入剤を飲ませ、顔にポリ袋をかぶせて窒息死させた。

 ▼周到で冷静な犯行からは、人間らしい心の温かみをみじんも感じることができない。ところが、近所の人たちの証言から浮かびあがってくるのは、「自分の娘だけでなく、どの子にもやさしい人気者だった」という、この男のもうひとつの側面だ。

 ▼「人間は、よいことをしながら悪いことをし、悪いことをしながらよいことをしている」。これが、梅安シリーズの主題だと語っていた池波正太郎の、人間に対する洞察力に改めて舌を巻く。

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