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【鉄道楽しもう(下)】レンガに残る聖地の跡 (1/2ページ)
かつて一大ターミナルだった旧万世橋駅に併設され、大勢の来館者を迎えてきた交通博物館(東京都千代田区神田須田町)が平成18年5月に閉館し、2年半が経過した。それでも高架下に連なるアーチ状の赤レンガが往時の面影を伝え、訪れる鉄道ファンは少なくない。
万世橋駅は中央線の始発駅として明治45年に造られた。現在の神田駅と御茶ノ水駅の間に位置する。東京駅を手がけた建築家、辰野金吾(1854〜1919年)によるレンガと石造りの豪華な2階建て。等級別の待合室や食堂も備えていた。
旧交通博物館の解説シートに「目の前の須田町交差点は人や自動車、路面電車がひっきりなしに行き交う東京でも屈指のにぎやかさを誇っていました」とある。当時の万世橋は夏目漱石らの作品にも頻繁に登場する繁華街だった。
大正8年に中央線が東京駅まで延伸しターミナルの役目を終えた。関東大震災で焼失後、簡素な駅舎が再建されたが、昭和11年に東京駅北側にあった鉄道博物館が移転することになり、駅舎を取り壊し、建物の大部分が博物館となる3代目の駅舎が建てられた。
神田、秋葉原両駅が近いこともあり、18年11月に営業休止。その後も交通文化博物館、交通博物館と名称を変え鉄道を中心に自動車、船舶、航空機を展示し、大勢の来館者を迎えた。その数は戦後だけで約3000万人という。
建物の基礎が共通しているため、平面図を比較すると初代駅舎の形をほぼ踏襲。特に中央線高架の旧ホームにつながる来賓用の特別来館口は旧中央階段をそのまま生かしたことで名残をよくとどめているという。
閉館前に駅名標などを復元した上で公開したが、現在は非公開。博物館屋上や神田−御茶ノ水間の車窓からよく見える高架上のホーム跡も草が生い茂る。
管理する交通文化振興財団の佐藤美知男学芸員は「新しい鉄道博物館で展示予定がない船舶や航空関係の資料の保管や今後の活用準備に当たっています」と話す。見学を希望する愛好家から問い合わせもあるが、閉館後は公開はしていない。


