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【青雲の大和】(357)青雲の果て (1/2ページ)
若い唐帝にむかって話しているうちにも、恵日(えにち)は身を焼くような焦燥にとらわれていた。
−−もうあとがない、
という思いである。
玄理(くろまろ)の命がもっているあいだに、なんとしてでも最後のねがいをかなえさせてやりたい。遠い留学時代から胸にいだいてきた志を果たさせてやりたい。それは使節団の総帥のからだをあずかる薬師(くすし)としてではなく、四十年来この畏敬すべき同僚をみつめてきた一人の友としての役割であろうと思うのである。
実際、玄理のいだいてきた志は、遥かな青雲の頂(いただき)をめざすものであった。
大化改新においては百年、千年とつづくであろう国家の礎(いしずえ)を日文(にちもん)とともにつくりあげている。
そしていま、最後の仕事として、玄理にとっての二つの祖国を永久(とわ)なる友誼(ゆうぎ)でむすびつけようとしているのである。
恵日のみるところ、玄理がねらうのは大和のためばかりではない。もし、これが唐の最高法規としての詔勅になり、後世まで国家をしばることになるなら、たとえば隋(ずい)の煬帝(ようだい)がやったような、無謀な外征で国を亡ぼす暴挙は未然に防げるというものである。
いま、唐帝が玄理の提言をうけいれるなら、唐にとっても後世への大きな遺産になるにちがいないと、恵日は思っている。
「いかがでしょう、堯舜(ぎょうしゅん)いらいの英主といわれます父上のおことばを詔勅にして公布されては。そのさい、わが使節団の押使(おうし)が上表いたしましたことをふくめていただき、天下の平和と安寧を帝おんみずから宣していただきたいのでございますが」
恵日がそういうと、帝はまた、かたわらに立つ武照(ぶしょう)派の礼部尚書(れいぶしょうしょ)、許敬宗(きょけいそう)の顔をみた。
許敬宗はつよくかぶりを振った。
−−なりませぬ、
というのである。武昭儀(ぶしょうぎ)はそのようなことを決してゆるされませぬ、という意味をこめているのであろうと思われる。