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【青雲の大和】(356)青雲の果て (1/2ページ)
とまどう若い帝の無言の問いかけに、きびしい眼をむけたのは礼部尚書(れいぶしょうしょ)、許敬宗(きょけいそう)である。
えび茶の冠をつけた許敬宗の頭は、横にふられている。
−−おやめなさい。
という合図である。
この男は女傑、武照(ぶしょう)が宮廷内でのしあがってきたとき、いちはやく側近になった人物であり、帝からみれば武照そのひとが、そこに立っているようにみえるのかもしれなかった。
玄理(くろまろ)が平和へのねがいをこめて表文で提言したことにたいし、武照派を代表するこの男は、はっきりとこれを拒否してみせたのである。
帝はうなずき、なにやら小声で話しはじめた。
と、そのことばが背後にひかえる男によって、傲然(ごうぜん)とした言辞になって再生されたのである。
「古来、皆が中華を貴び、夷狄(いてき)を賤(いや)しむなかで、われ独り、これを同胞のごとく慈しんでまいった」
なんの話かと、恵日(えにち)が眼をむけると一転して、
「いや、これはわが父君、太宗(たいそう)がかつて語られたおことばであってな、それをわれも信条にしている」
と、気弱な帝らしい語彙(ごい)にもどして話した。
「だからわれも、爾国(じこく)を賤しむことはない。太宗の仰せのとおり、同胞のごとく慈しんでおる」
あきれたことに、これが玄理が命をかけたあの提言への唐帝李治(りち)の回答なのである。
「もうしあげねばならないのは、そのことであります」
恵日は内心の憤りを抑えていった。
「夷狄と仰せであったそのなかには、高麗(こうらい)、百済(ひゃくさい)、靺鞨(まっかつ)、契丹(きったん)、すべてをふくんでおりましょう」
「いうまでもない。わが父、太宗は天下万民の父でもあった」
恵日のきびしい言上にたいして、帝はすなおに応じていった。
「でありますれば、そのすべての国と民族にたいし賤しむことなく、同胞のごとく慈しむべきでありましょう。それが陛下のお父上の御心(みこころ)ではありませぬか」